「骸さま、ご無事でよかったです。」
ようやく涙も治まりはじめ、少々赤くなった目許をそっと拭ってクロームは口を開いた。
ボンゴレの医務室の寝台の中、上半身を起こした彼女が話しかける先に居るのは白の羽毛に赤と青の左右で異なる瞳を持つ梟だ。少女の腕の中にちんまりと抱えられている。
一見すると瞳の色以外はただの鳥のようだが、その実態は匣兵器であり――六道骸の能力を施された憑依の器である。ちなみにこの梟の呼び名を、骸を捩ってムクロウという。
ムクロウをぎゅうと抱き締めるクロームは、いままでずっと骸の身を案じ続けていた。
先程まで骸とクロームの回線は途絶え、青年の安否は不明の状態に陥っていた。クロームは彼が生きていると信じて、二人の繋がりが断たれる最後の瞬間に残された暗闇の世界の中を青年を捜してさまよった。だから現在こうしてムクロウを通して骸と話せているということが、少女には堪らなく嬉しい。
そんなクロームにムクロウ――もとい骸は口を開く。
「いいですかクローム、今から…」
しかしその科白は途中で途切れ、黙り込む。彼は無言で外へ繋がる扉へ顔を向け、すると軽いノック音がして、次いで誰かが部屋に入ってくる。
黒いスーツに身を包んだ長身の男で何故か口に葉をくわえている、そして髪型はリーゼント。クロームはその人物に見覚えがあった。雲の守護者・雲雀恭弥の部下の草壁だ。
目覚めているクロームとその腕の中のムクロウを見遣って何やらひとり頷いた草壁は、クロームの容体を確認して、それからムクロウへと視線を向ける。彼はムクロウが言葉を話すところを見ていないはずなのだがムクロウへと話しかけてきた。
「確認として訊くが――…六道骸、だな?」
「クフフ、雲雀恭弥はご息災ですか?」
骸は笑って、そう質問に質問で返してやった。
傀儡の語り
骸はグイド・グレコという青年の身体を使役してミルフィオーレに潜入していた。連絡係・レオナルドとして潜り込みボス白蘭の観察の傍ら、情報操作その他諸々の行動を実行してきた。
ヴァリアーへ伝言を残し、黒曜ランドでクロームと共にグロ・キシニアを倒した骸は、雲雀のサーバへミルフィオーレのデータが流出するよう仕掛けた後、白蘭と対峙した。しかし、
「残念ながら、」
勿体ぶったため息をこぼしてみせて、骸は続ける。
「現在の僕にはその後の情報は持ち合わせていません。」
どういうことだ。そんな視線が注がれる。
草壁にこれまでの行動や得ている情報に関する説明を求められ、骸は素直に説明した。どうせ雲雀達ならここまでは既に大方予想がついているだろうとわかっていたので。
その通りだったらしく、草壁は元々厳つい顔に更に渋面をつくる。彼らが知りたいのは、それ以降の――クロームとの交信が途絶えた――白蘭との交戦についてなのだ。
しかし、これに関しては別にカードを伏せているわけではなく、事実なのだから仕様が無い。
グイドの身体を借りて実体化した骸はミルフィオーレのボス・白蘭との戦闘に及んだ。だがその後、なにかしらの手段によってグイドに宿した骸の意識はパフィオペディラムに封じ込められてしまった。
「憑依を解いたらクロームの元へ思念を飛ばす予定でしたが、白蘭に先手を打たれたようですね。」
クロームへの回線が切れてしまう直前に、彼女に届いたもの以上の情報は今の骸には何一つない。
現在ムクロウを動かしている骸の意識は、非常用に残しておいた予備みたいなものなのだ。
かつて同時に四人の人間に憑依してみせたこともある骸は、そのことからも判るように同時に複数の意識を扱うことができる。
白蘭との戦闘の際には力の大半をそちらに注いだが、極わずかな力と意識の欠片を切り離して残しておいた。その残しておいた欠片が現在の骸といってもよい。切り離されたその時点までの情報しか更新されていないため、今の骸に残っている情報は白蘭との交戦直前までなのである。
残ったわずかな力で精神を回復しムクロウに回線を繋げるのに数日を要した。
不本意ながら自分の力は現在その大半が削がれてしまっているのだと、本当に不本意そうに語る。
だからクロームの幻術も多少補強してあげる程度のことしかできそうにない。
クロームに向かい直ってそう告げた骸に、それまで骸の話の邪魔にならないようにと沈黙していたクロームは、ふるふると首を横に振る。
「大丈夫です、骸さま。」
クローム独りの幻術では生命維持がやっとだったものが、こうして起き上がれるほどに回復したのは骸がそのわずかな力をクロームのサポートに回してくれているお陰である。何より、生死すら判らなかったことと比べれば、彼女にとっては再び骸と会話ができただけで今は十分だった。
「私、動けます。――だから、何をすれば良いのですか?」
先程、草壁がやってくる直前に骸は何か言いかけていた。クロームがすべきことがあるのなら、できることがあるならば、やりたいと思う。ちゃんと骸の役に立ちたかった。
そんなクロームに答えたのは、別の声だった。
「――へぇ。じゃあ早速、君の力を見せてもらおうか」
いつから居たのか、入り口には扉に背を預けるように寄りかかった雲雀の姿があった。
「恭さん、お疲れ様です。」
「別に。弱すぎて咬み殺し甲斐がなかったよ」
とても戦闘部隊を三部隊も一人で相手にしてきた後には見えない様子で雲雀はつまらなさそうに欠伸をする。使えそうなリング持ってるヤツもあんまり居なかったし、とひとりごちて、
「哲、予定通り準備して。…君、これに化けられるだろ。やって。」
草壁に指示を出す。後半はクロームへ対する言葉だ。
ヒラリ、一枚の写真を見せられる。そこに写っていたのは、揃いの白い制服を着た中年の男他二名。首を伸ばして覗きこんだ梟は「
偵察部隊ですか」と呟く。
「そう。鼠捕り中にうろちょろしてて目障りだから、ついでに咬み殺しといた。」
使えるでしょ。…別に普通に乗り込んでもかまわないけど。
始終淡々とした雲雀だが、彼の言いたいことは伝わったのか骸はクフクフ笑う。
「クローム…ミルフィオーレ日本支部・メローネ基地――霧らしく、欺いて侵入としましょうか!」