――――パキンッ
――――めきょ、
――――キュィィィ…っ

(…また失敗、)

もう聞き慣れてしまった小さな破壊音と微かな悲鳴。手の中には匣だったものの残骸。
それを放ると雲雀は新たにリングを指に付け、炎を灯した。レプリカ匣を取り出して、炎を注入する。先程から繰り返し続けている、単純な動作。

そしてまた、結果は…同様である。

原型もわからないほど崩れた欠片が乗る手のひらを見て、それから後方の――積まれた残骸の山に一度視線をやって、また手のひらへと視線を戻す。

(………。)

こんなことを、もう幾度繰り返しただろう。実りのない作業に元来気の長い方ではない雲雀は、既に限界が近かった。
やめてしまおうか、とも思う。
理由は、屑石のリングとは言え現在までの消費量は随分多いし、レプリカでも匣は貴重だ。――というものではなく、ただ単に、(……、飽きた。)そんな理由からだったが。
前述した理由など、雲雀にしてみれば問題などないと感じる程度のことだ。リングは弱い群れから奪えばいいし、匣はいくらでもレプリカを造ればいい。それだけのことである。

しかしここで諦めてしまうわけにもいかない。
匣の“裏”の存在――これは、手に入れられるならばまたとない力である。特に、リングを使い捨てる戦い方をする雲雀にとっては。
匣の研究過程で発見したそれは大変魅力的なものであったが、しかし発動に必要な匣に注入する高純度・高密度の炎の調整――これが案外難しい。
リングに純度の高い炎を灯すことは容易だ。もとより波動を流し込むことに関しては雲雀は人並み以上…寧ろ人並み外れている。
灯した炎の調整…部分的あるいは瞬間的な炎の集中の強弱なども問題なく出来るが、“裏”に求められる炎にはそれまでの雲雀には経験ない繊細さが必要だった。
わかっているのに掴めない。
苛々とした感情にまかせて、手の中のものを乱雑に投げ捨てた。
足りない何か。
それがなんなのかすら解らないまま、
手のひらをすり抜けてゆく


 *****


このところ恭さんが荒れている。そう感じた草壁は、当の雲雀には気づかれないように気をつけながら小さく息を吐きだした。
原因はわかりきっている――匣を使っての新しい技の修行が上手くいっていないのだ。
こと戦闘に関しては天才的な雲雀であるが、今回のものは少々手に余っているようだった。草壁の見解では理論上の理解不足や純粋なパワー不足ではなく、感覚的な問題であると感じている。勿論そんなことは草壁が指摘するまでもなく雲雀もとうに気がついているので、草壁はこれまで通りひそやかに見守ることしか出来そうにない。

(どうしたものか…)

ほんの少し、…何かほんの小さなものでいいから、いまの深みに嵌まってしまっている現状から正しい方向へと軌道を修正できるきっかけがあれば良いのだが。
そうすれば、あとは雲雀が自力で何とでもするだろう。雲雀恭弥とはそういう人である。
しかし、そのきっかけとなるものが無いからこそ、今現在も残骸の山は築かれ、雲雀の機嫌は低空飛行を続けている。
草壁だって出来ることならばなんとかしたいが、そもそも、問題の炎の調整においてもそれ以外においても草壁よりも雲雀の方が余程能力が上であるので、よいアドバイスなど出来るはずもなく。
上司の発するぴりぴりとした気配を甘受しながら、内心では頭を抱える草壁である。

(何処かに誰かいないだろうか…恭さんよりも能力が上で、尚且つ恭さんが話をきいてくれるような人物は。)

自らの想像に、しかし即座にかぶりを振る。そんな都合の良い人物などそうそう居はしない…雲雀とまともに会話が続く者さえ数える程度だというのに(相手に会話をする気があったとしても雲雀にその気がなければ会話が成立しない)、その中で更に雲雀より強い者など――まぁ、同等の者ならば幾人か居るが。物騒過ぎて協力を頼めるような友好な関係とは…――そこまでつらつらと考えて、草壁は一旦思考を止める。
ひとり、脳裏にとある人物の顔が浮かんだ。

(そうだ…彼ならば…)

雲雀と平和的に会話が成立して、雲雀と同等以上の実力を有する――少なくとも死ぬ気の炎の扱いに関しては、雲雀よりも長けている――人物。
むしろその人以上に死ぬ気の炎を上手く扱える者など知らないかもしれない…これ以上の適任者はいない、と草壁は即座に件の相手に連絡を取るため動きだした。


 *****


事情を説明すると相手は二つ返事で了承してくれた。多忙の合間を縫って風紀財団の地下施設に足を運んだその人物――ボンゴレの十代目ボスの姿に風紀財団委員長は、挨拶を交わすでもなく少々目を眇めて終わらせる。沢田綱吉の訪問については事前に草壁から話してあったが、しかし未だ上司の機嫌は低迷中であるのである意味この態度は致し方なかった。
そんな雲雀を怒るでもなくむしろお疲れ様ですと労わり、綱吉は“裏”システムの概容を聞く。それから雲雀の修行を見学して、「…なるほど」小さく頷いた。

「オレの話がお役に立つかどうかはわかりませんが、オレが感じたことをそのまま伝えさせてもらいますね。」

静かに雲雀の傍まで歩み寄っていくと、一度そう断ってから、ゆっくりと話し始める。

「雲雀さん…強いだけじゃ駄目です」

そう言って綱吉は、そっとレプリカ匣を手に取る。

「匣は生きているんです。…必要なのは彼らを目覚めさせること、なんです」

そんなことは分かっている。雲雀はそう思う。
しかし、“裏”の開匣には強い波動を高純度の炎として――それこそ、匣が力に耐えきれず壊れる程の高密度で――送りこむ必要があるのだ。故に雲雀はこれまで、開匣まで耐えきれなかった匣兵器を幾つも無駄にしてきた。
むすりと機嫌が低下する雲雀に、綱吉は「卵をイメージしてください」と言う。

匣の外壁は殻、匣兵器は卵の中の雛。匣を開匣する人物――この場合雲雀さんのことですが――は母鳥です。
雛はひとりでは殻から出てこられない…最初だけ、母鳥が殻を破ってあげないと。
殻を破って雛が外に出るために必要な力が炎のエネルギーです。…でも、無理矢理に殻を破ってしまっては、殻は破れても中の雛が無事では済みません――これが今の雲雀さんの状態ですね。
殻を破ってなお雛が無事なためには、中の雛の安全に意識をむけてあげればいいんですよ。

説明しながら、綱吉はリングに炎を灯した。その炎は雲雀の時と少々異なる。…純度の高さを示す澄んだ色や炎の大きさは雲雀と同等、しかし勢いよく燃え盛っていた雲雀の炎に対し綱吉のそれは穏やかに揺らめいている。
それを、そっと静かに匣にあてがう。
その様子に雲雀は、包み込むような…何処か幼子を慈しむそれに近い雰囲気を感じた。

綱吉の手のひらからゆっくりとオレンジの光が溢れだし…そうして雲雀の見守るなか、“裏”は開匣された。

本来雲属性の匣を大空の炎で開匣したためか、何も起こらず光はそのまま晴れていく。ただし、匣と共にハリネズミを破壊していた雲雀とは異なり、綱吉の手の中にはオレンジ色の炎を纏ったハリネズミが無事大人しく収まっている。
その様子を静かに眺める雲雀であったが。正直なところ、面白くない、と思う。
自分に出来なかったことを目の前であっさりやり遂げやれてしまうとは。
面白くない、とは思うが雲雀の口角は自然、つりあがっていた。ふぅん。内心で笑う。
なるほど、『慈しむ』または『包み込む』ような力の注ぎ方、か。確かにそれはこれまでの自分に足りなかったものであると思う。そんな発想など思いつくことすらなかったのだから。
…自分にはそう易々とは出来ないかもしれないが(なんといっても馴染みが薄すぎるのだ。馴染みがなさ過ぎてどんなものかと首を傾げてしまう)、おそらくつまりは脆弱な小動物を咬み殺さないように気をつけるのと同じようなことだろう。
それは雲雀にはなんとも慣れない感覚だったが、さっそく試みはじめる。――――彼に出来て自分に出来ないまま、なんてことは絶対に、あり得ないのだから。
当然のようにそんなことを考えて、不敵な笑みを浮かべる雲雀の機嫌はいつの間にか元に戻っている。
雲雀が“裏”の開匣に必要な炎の微調整を完全にものにして“裏 球針態”を完成させるのは、それから数週間後のことである。
個人的好みによる捏造設定で大変申し訳ありません!
これはWJ36号感想の文に加筆修正を加えた完全版なんですが、十年後綱吉にどんだけ夢見てんのお前?なかんじになりました。(笑)
あの化け物の如き未来の雲雀さんの更に一歩先を行ってるボス!十年後の綱吉は立派なフレイムマスターになっていればいいとおもいます。

書いてる本人は気持ちひば→つな気分で書きましたが、どこにそんな要素があった?!という。(だからCPなんて書けないのよ、あきそらは…;)
その、こう…+でも×でも、好きな方にとってもらえればいいようなかんじでお願いします。

あと、どっちでもいいんですが、なんとなくシリーズに入れました。「予言」のほうで別にフレイムマスターなボスが居るからなのですが…それはいつ上げられるかしら?(半笑)