イタリア・ボンゴレ本邸、屋敷というより城のようなその建造物の、最奥に位置する一室。その部屋の現在の主である青年――ボンゴレ十代目・沢田綱吉は、もう何年も世話になっている慣れ親しんだ(けれど未だに自分には不相応に感じる)豪華な革椅子に腰を下ろしていた。
いましがた外出先から帰ってきたばかりの彼は、ひどく疲れた様子で背もたれに体重を預けた。つい洩れそうになるため息をなんとか押し戻し、机の上に視線を落とす。

―――そこには、立派な装飾のほどこされた黒塗りの箱が二つ。

それぞれの箱の中には七つの指輪が収まっている。
指輪の名称をハーフボンゴレリングといい、この指輪は現在は二つに分かれているが、それぞれ対となる指輪を一つに合わせることで正式な形となる。
ボンゴレリングは次代のボスとその守護者に授けられる後継の証であり、また組織内における力の象徴でもある。そしてそれ故に、ボンゴレリングはファミリーの長い歴史上で幾度となくその所有権を掛けて争いを引き起こしてきた。
その上、ボンゴレリングは単なる後継者の証なだけではなく、七つすべてが揃えば継承者に力を与える等と言い伝えられ、実際に炎を灯したりもする不可思議な代物でもあった。
かつて綱吉もまた、リングを巡り命を掛けた戦いに挑むこととなり、そして様々な経緯の末にボンゴレリングは初代の血を引き継ぐ日本人の少年を所有者と定めた。
それから数年の時を経て、十代目就任式後に掟に則りリングは再び二つに分けられ、次代のボンゴレを定める日まで別々に保管されていた。
…そのリングが、ボンゴレ十一世を任命するわけでもなく、今この場に揃っているのには最近の裏社会の情勢が関係している。



近年、リングが宿す秘められた力を引き出す方法が研究され、その結果、力有るリングはボンゴレのみに限らず、歴史ある古参マフィアの多くが継承してきたリングにも当てはまることが発覚した。
それによってマフィア界全体がリングの力に注目し始め、近頃では段々とファミリー間でリングを奪い合う動きが出始めている。
そんななかでボンゴレファミリーは精製度A以上という貴重なリングを――それも七つも!――所有している。そう遠くない未来にボンゴレリングを狙う者が現れることは明白だった。
当然ボンゴレ内でもハーフボンゴレリングを完全な形に戻し戦力として用いるべきだという声が強い。
そして、ボンゴレ上層部は協議の結果、再度ボンゴレ十代目守護者メンバーにボンゴレリングを配ることを提案した。
いつも掟が、伝統が、と口癖のようにいう老人達ですら、このときばかりはあっさりと例外を認めたのだ。

しかし、ドン・ボンゴレ十世だけはこの件に関して頑なに反対し、それどころかボンゴレリングの廃棄を口にした。

ボンゴレファミリーにおいて超直感を持つボスの判断はある意味絶対的であるが、流石にこのときは皆騒然となった。
理由を問うても明確な答えは返らず、けれども決してその意志を覆すこともしない綱吉の様子に一部非難する者もいたが、最終的にはボンゴレリングは綱吉に委ねられた。



それまでただ只管机上のリングケースに視線を落としていた綱吉は、ふと視線を上げると背筋を伸ばし向かいの扉を見詰める。
やがて、こんこん、と小さなノック音が響き、来客を知らせた。

「――来るだろうと思ってたよ」
 ご機嫌麗しゅう、チェルベッロ?

開いた扉の先に佇むのは浅黒い肌に乳白色の髪を持つ女性一人。予想通りの訪問者を綱吉は柔和な笑みで迎え入れる。

「突然の訪問、失礼します。」

一礼の後、机を挟んで綱吉の前に対峙する彼女の表情は目許を隠すマスクで判別し難い。しかし対する綱吉の笑顔も家庭教師直伝のポーカーフェイス。

「…ですがそのご様子ですとこちらの用件は既にお分かりのようですね。」
「まあ、おおよそは。」

言いざま、目線でリングケースを示し、

「一足遅かったですね。先程、先代と門外顧問から了承を得てきたところだよ――――ボンゴレリングの完全廃棄の、ね」

それは即ちリング廃棄は既に決定事項となったということであり、暗に、いくらチェルベッロ機関が九代目直属という立場にあろうとも手出しできる権限を越えているのだという釘差し。
それを理解した上で、彼女はあえて口を開いた。

「いずれ、後悔なさいますよ。」
 そんなことをしても定められた流れは変わりはしない
 すべては予め決まっているのだから

それはどこか事務的な無感動の――警告。

それに対して放った彼の言葉は、ドン・ボンゴレとしてのものだったのか、それとも綱吉個人のものだったのか。



「すべてが決まっているなんて、オレは、絶対に思わない」

――――そんな未来を、認めたりしない



それを運命と呼ぶというのなら、

運命の歯車
なんて壊れてしえばいい

それでも世界は動き、そして明日をつくってゆくだろう。
調子に乗ってシリーズ化(?)した「予言説」<誰かかっこいいシリーズ名考えてやってクダサイ OTL(10月追記:「歪時の予言」に変更しました。
なんか「願いは〜」以上に意味の伝わりにくい話ですが(…)、これがボンゴレとチェルベッロの決別になります。この後段々と白蘭が物騒な動きを始めるって感じです(てきとー