「ヒバリさん」
一応、自分の上司であるところの青年が、名前を呼んだ。(あくまでも一応だ、と雲雀は思っている。自分は人の下につく種類の人間ではないし、自分と彼の間に組織的な優劣は何もない。――“守護者”という立場以外には。)
呼び声に応えて振り向いた雲雀が一番に考えたことは、
(…情けない顔)
というものだった。
二十を越えた筈なのに未だに少年のような青年は、ひどく困ったような、いまにも泣きだしそうな表情をしていた。
無理もないだろう、青年の抱える大事な『家族』は現在かつてない危機に曝されているのだから。
――――けれども、瞳だけは奥に決意の色を強く孕んでいる
そのことに気づいた雲雀は、へぇ、と内心で笑む。
「何?」
「お願いがあります。」
「ふん――命令の間違いじゃないの、ボス」
わざとらしく“ボス”の部分を強調してやれば、苦笑まじりに「個人としてのお願いですから」と返した。それにふんと鼻を鳴らして、
「内容次第だね」
それはつまり、話を聞いてやるということ。雲雀の言葉に、ありがとう、と微笑んで彼は口を開いた。
それが、雲雀と青年との最後の会話。
願いはうたわない
沢田綱吉とその仲間の過去からの訪問。そして『白』に出会うことなく合流できたこと。
細かい部分は除いて、現状はまあまあ予測通りに進んでいるだろうか。
――――君は、どこまでわかっていたのかな
目の前の幼い少年を見下ろしながら、雲雀は今はいないこの時代の沢田綱吉に最後に相対した日のことを思い返す。
あの日語られた幾つかの事情と計画と、願い。
人にものを頼んでおきながら結果も待たずに自分は退場とは、まったくいい度胸だ。
のこのこ敵地へ一人で行ったらしい彼は本当に馬鹿だ、と呆れてしまう。
わかっていただろうに。罠だということぐらい、奴が彼の話を聞き入れるわけがないことぐらい。
(それでも変えたいのだと言っていた彼は本当に大馬鹿者だ。なんて甘いんだろう)
――ボボッ
「…くっ!」
炎の勢いをさらに増すと、少年は気を張り詰める。雲雀は先程よりも力も速度も込めて攻撃を繰り出した。
まぁいいよ、いまはこの小さな子供を強くする手助けをしてあげる。
『できるだけ助けになってやってください。』…なんて言ってたことだしね。
君の“お願い”通り、この子の中に眠っている力を僕が叩き起こしてやろうじゃないか。
文句は全部終わってからたっぷり言うよ。それまでは君を咬み殺すのは我慢しておいてあげる。