ばさり、窓の外から聞こえた羽音に青年は身を起こした。
と同時に、くしゃりと乾いた音がして慌てて手もとを見下ろせば、右手の下には折り曲げた指にあわせて形を歪ませた紙一枚。

(、やば)

内心焦りながらとりあえず一通り丁寧に皴を伸ばしてみる。その結果は、元通りとはいかないがまあ問題ないだろうか。ついでに涎の跡は無いかと確認してみたりもする。無い。よかった。

(ぁ〜、失敗したなぁ…)

どことなくくたびれてしまった書類――それそのものは薄っぺらな紙切れでも、そこに書かれているのは重要な採決事項である――をそっと視線の外に除けつつ、青年は軽くぼやいた。
貯まった書類を片付けてしまおうと執務机に向かった筈が何時の間にか意識が夢の世界へ旅立ってしまっていたようだ。しかも未処理の紙山がまだ随分残っていたりする。

「…ったく、なんでこんなにあるかなぁ?」
「日頃からやっておけばよいものを」
「いやここのところ忙しくてしょうがないんだって」

ため息とともにはきだした呟やきに呆れを含んだ声が返される。しかし現在室内に居るのは青年独りきりの筈――否、何時から居たのか、開いた窓辺に一羽の梟の姿。青年へと向けられるその双眸には、いくら知恵の象徴とされる生き物とはいえ本来にはない獣以上の知性を宿している。
おや、と首を傾げる仕草もまた梟らしいと言うよりも、何処か見る者に態とらしさを感じさせる動作であった。そんな奇妙さに、更に重ねるように、其れは小さな嘴からするりと人語を発する。

「驚かないのですね」
「…驚くも何も。お前が来てたのは気付いてたし」

目の前で起こる奇怪現象(動物が流暢に人語を操り話し掛けてきているのだ!)に、しかし当たり前の態度で会話を継いだ青年は何とも暢気そうに「今度はフクロウか〜」と手を伸ばす。が、その指先が触れる前に煩わしそうに一羽ばたきして窓枠から机上に移動されてしまう。

「まったく――、随分と余裕そうじゃないですか、ボンゴレ」
「そうでもないよ…これでもオレ、精一杯虚勢を張ってるんだから」

肩を竦めてみせる青年――ドン・ボンゴレ]世に、円らな目を器用に眇て半眼をしてみせる梟。その右の色は鮮やかな紅、そして…

「お前の方は相変わらず元気そうだね、骸」

…そしてその紅の中心には瞳孔の代わりに漢数字の六が刻まれている。それは六道輪廻を巡りし者の証。そう、この梟はその憑依能力によって六道骸が支配する操り人形なのである。


  *****


今から4年と半年ほど前。クローム髑髏と柿本千種、城島犬の三名は、復讐者ヴィンディチェの牢獄へと潜入した――目的は当然、彼らの最上の存在である六道骸の救出。それまで長い時間をかけて時期を待ち、決行したその救出作戦は――――結果からいえば失敗であった。
以来、彼らの行方は杳として知れず、ボンゴレの霧は空席のまま時は過ぎていった。

しかし、公には行方知れずとされている霧の守護者ではあったが、実のところ沢田綱吉との交流は人知れず保たれていた。
きっかけは、水牢の青年が巧妙に番人の目を掻い潜り外野に放つ『目』を、ある時ドン・ボンゴレにいともあっさり見破られてしまったことだった。(かつて彼の超直感を覚醒させた決定打であるが故の因果関係かは定かでないが、昔から彼は六道骸の気配には鋭い。)
それ以降、時折こうして綱吉と骸の間では憑依体を介した密会が行われているのである。
決して意図して接触を計ったわけではない。初めてみつかったのは単なる偶然――敵情視察中だったのだ、全く忌々しきはボンゴレの超直感である。…とは彼の術士の言。だがしかし、青年のもとを訪れているのは術士本人であり、もし彼が訪問を止めてしまえば綱吉側から接触を図ることはほぼ不可能である。
にも拘らず何故続けているのか…たとえそれを問うたとしても、術士の青年はその秀麗な顔に苦々しげな表情を浮かべて無言に徹するだろう。


  *****


それはともかく、斯くして今回もまた彼らの奇妙な交流は続けられていく。
再度書類に向かった綱吉は、サインする腕の動きはとめないまま、骸に話を振る。

「なぁ骸…お前、何する気なんだ」
「…なんのことです?」
「とぼけるなよ」

ミルフィオーレの六弔花に六道骸が倒された――そんな噂がたったのはつい先頃のことである。
しかし、こうして目の前に元気(?)な姿を見せているのだから、噂の真偽は訊ねるまでもなかった。彼のことだから、どうせ偽装の敗北を演出したに違いない。
真を隠し惑わし、偽りを構築するは霧の特性であり、幻術士の専売特許なのだから。

問題は、何故そんなことをしているのか、ということである。

「今回のことは、別の計画の為の布石なんだろう?――もしかしてお前、“あのこと”で何かするつもりなんじゃないのか。」

真剣味を増した固い声。じっと見詰めてくるその眼は、『何物をも見透かす』と屈強なマフィアの男達を怯ませてきた瞳だ。けれども骸はその眼にも動じない。

「…そうだとして、だからなんだと言うんです。」
「やめろ。無茶するな。…そんなことお前がする必要な、」
「馬鹿を言うのも大概にしなさい。」

ぴしゃり。静かだが鋭い声に綱吉の科白は言い終わる前に遮られてしまった。

「自惚れるな、マフィア風情が。――必要不必要をお前に決められる謂われなんてないんですよ、ドン・ボンゴレ。
 僕の行動を決めるのは僕自身です。」

はっきりと宣言する。自分は自らの目的のために動くだけ、そしてそれに利用出来るものは何だって利用するだけだ、と。――“例の件”に関しても、僕の計画に利用価値があると判断したまでです。…君に指図されるいわれはない。――そう告げられた綱吉はそれ以上言葉を続けることはできなかった。
やれやれ。綱吉の態度に骸は器用に鳥面に呆れた表情をつくる。

「まったく、何を言い出すかと思えば。…こちらはこちらの都合でボンゴレを利用させてもらう。そしてその借り分に見合う手伝いはしてやると、僕は君に言いましたよね? ですから君も、僕を利用すれば良いだけじゃないですか」

――――君は決めたのでしょう?何をしても自分の願いを叶えると。
――――ならば、迷わずすべてのものを利用すればいい。

どうせこのは 全て人間の勝手なエゴに過ぎない のだから
捏造甚だしくってすみません。(いまさらなはなし
そして“あのこと”だの“例の件”だのよくわからない会話しててごめんなさい。…い、一応このシリーズには、最後には自分なりの結末を用意しているのです。
それまでお付き合いしていただけたらなあと思います。m(_ _)m

…そしてもったいないからこっそり別バージョン(笑)