今から4年と半年ほど前。クローム髑髏と柿本千種、城島犬の三名は、復讐者の牢獄へと潜入した――目的は当然、彼らの最上の存在である六道骸の救出。
それまで長い時間をかけて時期を待ち、決行したその救出作戦は、結果からいえば失敗であった。
それ以来、彼らの行方は杳として知れず、ボンゴレの霧は空席のまま時は過ぎていった。
いくら手段を講じようと手掛かりの一つとて得られない現状に、彼らは死んだのだとすら噂されるようになった頃――ドン・ボンゴレは、とある会合からの帰途にそれを感じた。
なんとも表現し難い、独特の感覚――チリ、と首筋に触れる極微かなその感覚は、しかしそれまでに幾度と経験してきたそれと非常に似通っていた。
もう随分と馴れてしまった己の血統特有のその感覚に、理由もなく納得して移動中の車内から窓の外へと視線を投げる。
そして視界に捕らえたものに満足して、それにちいさく微笑んだ。
その日の深夜、ボンゴレ邸。ボスの寝室の窓辺には一匹の子猫の姿があった。
ほんの少し開いていた隙間からするりと室内に侵入した子猫を、こんな時間だというのに起きていたボンゴレ十代目が出迎える。
「――やぁ。来てくれて嬉しいよ、骸」
クローム達は無事なの?
片眼を紅に光らせる子猫に穏やかに微笑みかけるその姿はとてもマフィアのドンには見えない。…真実、今現在の彼は、ボンゴレ十代目としてではなく“沢田綱吉”という一人の人間としてそこに在った。
それを始まりとして、以降時折こうして綱吉と骸の間ではボンゴレのボスとその霧の守護者としてではなく密かなる交流が行われている。
*****
再度書類に向かった綱吉は、サインする腕の動きはとめないまま、骸に話を振る。
「なぁ骸…あんまり無茶するなよ?」
「…なんのことです?」
「とぼけるなよ」
ミルフィオーレの六弔花に六道骸が倒された――そんな噂がたったのはつい先頃のことである。しかし、こうして目の前に元気(?)な姿を見せているのだから、噂の真偽は訊ねるまでもなかった。彼のことだから、どうせ偽装の敗北を演出したに違いない。
そして、綱吉が言っているのは、態々そのように偽りを演じた目的に対してである。骸がしようとしていることを綱吉にはおおよそ検討がついていた。
「確かにオレはお前に協力を頼んだしお前はそれを引き受けてくれたけど。…態々一番危険なことをする必要は、」
「勘違いしないでください。」
綱吉の科白を遮って、骸。
「僕には僕の目的がある。…君に協力するのは、単にその方が僕にも都合がよいからですよ。利害の一致というやつです。…まったく、何度言えば気が済むんですか?」
此方を気にする余裕が有るなら、もっと他のものに使いなさい。そう言って肩を竦めてみせた骸は(ただし梟の姿なので首を埋めたようにしか見えないのであまり格好はつかなかったが。)、「さて、」とあらためて綱吉に姿勢を向ける。
「僕の方は順調です。おそらく次に時期が来るまではしばらく動かない予定ですが、君の方では何か?」
「…いや、」
訊ねられて、首を横に振る。計画は今のところ何も問題ない――むしろ、問題はこれからなのだから。そして、精神的にも辛くなるのもきっとこれからに違いない。
(…いまさら、そんなこと思う資格ない、のにな)
エゴにまみれた自分に嫌気がさす。でも、自分は決めたのだ。この道を選んだのだ。己の願いの為に。だから、
(ごめんなさい、それでもオレは――――)
誰にかはわからない。それでも謝らずにはいられない弱い心で、誰にか懺悔した。
唯一の願いを唯一の祈りを唯一の想いを懺悔のように繰り返して
思考に沈みだした綱吉を横目に骸は、
「そうそう、最後に一つ。――そろそろ風紀のアレにも話をつけておいたらどうですか。 …君の先生ではありませんが、アレは役に立ちますよ、」
君だって、本当はそう思っているんでしょう?
告げられた内容に虚をつかれ、沈みかけた思考が浮上した綱吉は、なにいってんの、と慌てる。
「そりゃ、雲雀さんに協力してもらえたら助かるだろうけど…ボンゴレリングまで取り上げておいて今更、」
「ほんと馬鹿ですね君は。」
やれやれとため息を吐く骸に、何でだと眉を下げる。
望みを叶えると決めたなら何だって利用すればいいのだと、骸はそう言うけれど。だってそもそも綱吉は初め一人ですべて行うつもりだったのだ。そんな綱吉に取引と称して協力を申し出たのが骸だった。悩んだ末にバレてしまった以上は隠しておくよりもよいだろうと、結局こうして協力してもらっている訳だが、この上雲雀にまで協力を頼むのは何か話がおかしくないか。
綱吉はそう思うのだが、相手は違うらしい。
「…まぁ君が決めることですし。言っといてなんですが僕はどちらでもでいいんですがね。 ――では、Arrivederci!」
いつの間にか窓辺に移動していた梟は、そう呟くとその白い翼をバサリと広げて飛び立っていった。