(3)
ハーブが音楽室に足を踏み入れると、ゆったりとした音色が聞こえてくる。
音楽室の中には見知ったクラスメート達が4人――アランシア・スコアノート、オリーブ・ティアクラウン、カシス・ランバーヤード、シードル・レインボウ――音色はアランシアの奏でる竪琴のものだった。
彼らはハーブに気付くことなく会話を続けている。音色を聴きながら入口でぼんやりとしているハーブのもとにその会話も届く。主に少年2人が言い争っているようだ。
「そんなのウソだよ」
眉を寄せてそう言った金髪の少年――シードルは、ぷいっと相手から顔を背ける。そもそも噂が本当なら毎年のようにヴァレンシア海岸に行く訳がないと反論するシードルに、一方カシスは、「学校は噂の揉み消しに必死なのさ」と皮肉げに口の端を持ち上げた。
「毎年この時期になると、何者かに校門を破壊されるって言うし…ぜったい何かあるぜ。」
「キャンプで毎年、誰かがいなくなってるってのが本当だったら、じゃあ、誰がいなくなったのさ。証拠はあるのかい?」
そんなカシスに、バカバカしいとシードルが肩をすくめてみせれば、意外なところから反応が返ってきた。オリーブだ。途中、言うことを戸惑うような間が空くが、それでも結局最後まで口にする。
「ガナッシュの姉さんが………3年前、キャンプから帰ってきてすぐ家出しちゃったわ……」
彼女の声はとてもちいさなものだったのに、それでもその言葉は確りとハーブの耳にも届いた。
「、(…ガナッシュのおねーさん、)」
ハーブの脳裏を赤髪の面影が過る。友人達の声は遠のき、去りし日の声が耳に蘇る。あぁ、あれはいつだったっけ、
(……ヴァニラ、さん…)
―――― 辛いけど…憎いわけじゃないの。
―――― わたしは、ただ……
やさしくてでもさびしそうな、かなしい笑い方をするひと…
―――― どうしてっ!!……どう、して…っ、…!!
あのひとは…いま……――――
「行方不明になるなんて話のどこに夢があるのさ!!」
――ハッ!
シードルの声にハーブの意識が引き戻される。
見ればからかい顔のカシスにシードルがくってかかり、そんな2人にオリーブが悲しそうにもうこの話は終わりにしようと言っているところだった。
「あ〜、もう!」シードルが唸る。
「わかったよ、ガナッシュに聞けばいいんだろ?ガナッシュはどこさ!」
「アイツが家族の話なんかするワケねぇだろ?キャンプもフケる気だぜ。」
癇癪気味のシードルに聞くだけ無駄だとドライに返す。それから、話を聞くならカベルネにすべきと言うカシスに、シードルは疑問符を飛ばし、そういえばそのカベルネ本人は何処に行ったと首を傾げる。
「行こうぜ。ハーブが呼びに来てる。待たせちゃ悪い。」
何時気付いたのか、入口に居るハーブを視線で指してカシス。
――――いや、もう既に十分待たされてるっぴ。
ピスタチオあたりなら、そう、カシスのセリフに対して突っ込んだかもしれないが、しかしハーブは気にすることもなく、笑って彼らのもとに歩を進める。その様子はいつも通り、何も変わらない。
「ペシュが急げって怒ってたよ」
「だいじょうぶよ〜。あわてないでも〜。のんびり行きましょうよ〜。」
先程の彼女の様子を思い出しつつ苦笑とともに伝言を伝えるものの、にこにことのんびり笑うアランシア。もともとおっとりした雰囲気を持つ者同士、2人が互いににこにこ笑い合っていると、まるでその空間だけ時間の流れが遅くなったかのようになる。(ちなみに、ここに学友のマッドマンを加えると更にその錯覚に拍車を掛ける効果があったりする。)
「よう、ハーブ。話聞いてたか?
――――ヴァレンシア海岸は危険な場所さ、毎年、誰かがあそこで消えちまってんだぜ!」
「ふん。 …ねぇハーブ、ヴァレンシア海岸がそんなに危険な場所なら毎年のようにキャンプに行くワケないよねぇ。
ヴァレンシア海岸は安全なリゾート地さ。そうだろ?」
その空気を打ち破るように、カシスとシードルがハーブに声を掛ける。
自分の意見の方が正しいと主張し、ハーブに同意を求めてくる二人。答えに窮したハーブが視線で残りの2人に助けを求めるけれど、オリーブは俯いていてそんなハーブに気付かずに、胸騒ぎがすると独りちいさく呟いている。
一方、アランシアは「別にどっちが正しくたって、キャンプが楽しければそれでいいわよ〜」とマイペース。それにハーブも頷いて。
「ぼくも楽しい方がいいと思うな。」
そう、何よりも、みんなで過ごす楽しい思い出になればいい。
それだけは確かな想いとして自分自身に呟く。
――――噂は噂。胸騒ぎもなにもかも、きっとただ待ち受けるキャンプへの高揚ゆえだと、そう言い聞かせるように。