第1幕‐1場‐物質のプレーン
臨海学校
 (4)

教室でカベルネにも声を掛けたハーブ達が魔バスへ乗り込んだ時、殆んどのクラスメートは既にバス内に揃っていた。しかし数名姿の見えない者達もいる。先ほど音楽室でも名を挙げられていたガナッシュや…

「マドレーヌ先生、まだ来てないじゃねぇか。」

臨海学校の引率者である肝心の担任教師の姿も見あたらないことに気が付いたカシスが呆れ顔で呟く。
急かされて来たというのに、やれやれ。肩をすくめてみせるカシス――の背後。そこに、

「えー、おほん。」

わざとらしい咳払いをして現れた影ひとつ。
なんの前触れもなく現れたその人物に、一同の視線が集中する。
そこに居たのは、一見すると高帽子をかぶった白い立派な髭を蓄えたごくごく普通の老紳士――だがしかし、この老人こそが魔法学校ウィルオウィスプの校長、グラン・ドラジェその人である。

「えー、みなさんに、お話があります。今回のキャンプは…」

自分に注目が集まったことを確認して、滔々と話し始めるグラン・ドラジェ。
そんな生きた伝説とまで呼ばれる偉大な魔法使いをすぐ間近にして、魔法使いの卵達はといえば、しかし。

「(いつの間に…気配ぜんぜんなかった…)」
「(ビックリしたヌ〜)」
「(校長先生ってば、なんのお話かしら〜?長くないといいんだけど〜)」
「(つーか、ヒトの背後に立つのやめてくんねぇかな…)」

思わず刃魔法を発動しそうになった、とはカシスの言だ。
こそこそと囁き合うのは彼らだけではなく、その他、「むしろダレにも気付かれないって校長カゲ薄いんじゃね?」「ねぇあのズボン、センス悪いと思わない?パジャマじゃあるまいし…」「あーっ珍しい虫?!――ってなんだゴミか、ちぇっ」「…ゴホゴホッおいっホコリたてんなよ!雷ほしい?!」…等々。
一部こそこそどころではない者たちすらいる。好き勝手に話すその様子はどうにも大魔法使いを目の前にしたありがたみは薄そうだ。

「…あの〜みなさん?聞いてますか?大事な話ですからちゃんと聞いててくださいね?もしも〜し?」

グラン・ドラジェの呼び掛けが空しく過ぎていく。心なしかその背が透けて見える。



そんな少年少女や老人の中、ハーブは一人、きょときょとと魔バス内を見渡していた。

(……いない…)

目的の人物の不在に小首を傾げて、キノコを生やしていじけている老人へと声を掛ける。

「ねぇ、校長せんせー。シトラス知りませんか?」
「シトラス?…いや、今朝は会っとらんよ?」

ハーブが探していたのは双子の片割れだった。
自分と共に魔バスに乗り込んだカシス、シードル、アランシア、オリーブ、カベルネ。禅部屋で別れたペシュ、ピスタチオ、キルシュ、セサミ、ブルーベリー、レモン、キャンディ、それからカフェオレ…魔バス内にはクラスメートの殆んどが既に揃っているのだけれど――何故か先に魔バスに来ているはずのシトラスの姿が見当たらないのだ。
図書室に本を返した後は校長の元に寄ったはずだと、尋ね人であるグラン・ドラジェ本人に聞いてみたものの、その返答にハーブは眉尻を下げる。
校長に会いに行ったはずのシトラス。しかし校長は会っていないという…しかし、あの双子の姉は自分に嘘をついたりするような人ではない。
何かあったのだろうかと心配になる。

(…シーちゃん、どうしたんだろう…。)

捜しに戻ろうかと考えるが、すぐに、行き違いになってしまってはいけないと精霊パウダーに指摘されて思い留まる。 とりあえず、パウダーがハーブの代わりにシトラスを捜して行ってくれるということになり、ハーブは魔バスで待つことになった。



空いている窓際の席に腰掛けて姉が来るのを待つ少年は、校長があらためて再開した話を半分聞き流して聞いていたのだけれど、やがて告げられた内容には少年も驚いて次第に校長の話に耳を傾ける。

グラン・ドラジェの話した内容をまとめると…
1、今回のキャンプは生徒の魔法の力を見ぬくテストである。
2、キャンプを途中で辞めた者はその場で退学になる。
…ということだった。

当然ながらその話に一同は騒然となる。特にピスタチオなどは、キャンプから帰ってきた後の補習(とその結果)に悩んでいるところに、更にキャンプに行っても退学の危険が待っていると聞かされてかわいそうなくらい取り乱している。(「なんでだっぴ〜〜〜っ!?」と叫んだかと思えば、崩れ落ちて「ウソだっぴよ…理不尽だっぴ〜…ヒドいっぴ〜」と据わった眼でぶつぶつ呟く姿はちょっと傍目に声を掛けづらいものだったりした。)
周囲のざわめきの中、本当は生徒には内緒だけど特別に教えちゃいました!と飄々と告げた校長は、最後にこの話を聞いたことは担任教師のマドレーヌには内緒だと子供達に口止めをしてこの話題を終了する。
…とそこにタイミング良くマドレーヌがマッドマンのショコラを連れて魔バスにやってきた。

「あら、校長先生いつの間に……?」

グラン・ドラジェが魔バスの中に居ることに首を傾げるマドレーヌにギクリと肩を揺らした老人はそそくさと去っていく。その後ろ姿を不審そうに見送ったマドレーヌだったが、「ま、いっか!」と生徒達へ向き直った。

「これでみんなそろったかな〜!?」
「先生!!ガナッシュが来ていません!!…彼、休みなんですか!?」

全員揃ったかと訊ねる担任教師にキャンディはすかさず自身が想いを寄せている少年の不在を告げる。
それにオリーブが捜しに行ってくると言って魔バスを飛び出し、キャンディも続こうとする。 けれど、捜しに行くのは1人で十分だとマドレーヌに呼び止められたキャンディが立ち止まった一瞬のうちにオリーブは先にいってしまい。
…出遅れたキャンディは走っていくオリーブの背中を無言で見つめるしかなかった。

「…………」
「キャンディ〜いつまでも外にいないでバスで待とうね〜!」
「…あ、はい先生。」

マドレーヌに促され車内に戻ってきたキャンディだったが、普段よりも少々テンションが低い。彼女の想い人に察しがついている面々は、その理由を察して内心で苦笑する。
そんな中で何も知らずにキャンディに懸想しているキルシュだけは、その落ち込んだ様子に首を傾げつつ一生懸命話し掛けた。

「よ、ようキャンディ!オオオオレのとなりゅい…」

隣の席空いてるぜ!座らないか。と続く予定のセリフはどもり、そのうえ言い切る前に噛んでしまった。しかし幸か不幸かその声は、緊張のあまり普段の大声は鳴りを潜めずいぶんと小さかったためキャンディには聞き取れなかったらしい。
何か言った?と聞き返す少女に対し、緊張に加えて噛んでしまった羞恥でカカカッと一気に顔を赤らめる。

「いやっ、その、だなぁ〜」
「あはっ!ヘンなキルシュ!」

赤い顔でしどろもどろになるキルシュに、甲高い声で不思議そうに笑うキャンディ。そんな2人をアランシアはどこか不機嫌そうに見つめていた。
局所的に恋の嵐(?)が吹き荒れているようです。
ほぼ一年ぶりの更新……;;
…な、難産でした orz