第1幕‐1場‐物質のプレーン
臨海学校
 (2)

あの後。
スティックの説明によると、どうやらピスタチオは『落第したら学校を辞めて実家に帰ってくるように』という手紙が送られてきたらしい。
キャンプに参加している場合ではないと、ピスタチオは朝から練習に励んでいたのだが…

《も〜、つきあってられないぐりよっ!》

ぐりぐり!怒り冷め遣らぬといった態のスティック。何やら特訓の最中にピスタチオがスティックの機嫌を損ねてしまったようだ。
一方ピスタチオは、果たして悪いと思っているのかいないのか、

「ずっとこの調子で、これじゃ全然トックンにならないんだっぴ〜!」

兎に角特訓再開するためにはどうすればいいかと悩んでいた。
そして彼が思い付いたのが、クラスメートの少女に木の精霊の説得を要請することだった。
…こうしてピスタチオはシトラスを待って、登校してきたシトラスに突撃したというわけだ。
随分と思い詰めた様子のピスタチオを心配していた双子は、話を聞いて安心半分呆れ半分。でも友人が退学になってしまっては忍びないと協力に承諾して今に至る。

「あいつ、オイラの言うことじゃ全然聞いてくれないっぴ。
 けど、シトラスから頼めばスティックのやつは絶対に手伝ってくれるんだっぴよ!」

鼻息荒くヴォークス族の少年は力説する。
確かにシトラスは本来の属性である風の精霊エアの他に、スティックとも仲が良い。…というよりもアップルミントの双子はどちらも精霊全般に異様なほど好かれている。
が、他属性の相手に自分の精霊のご機嫌とりを頼むというのはなんというか…

(情けなくないか…ピスタチオ)
(それでイイのか?!オマエは!)

話を聞いていたセサミとキルシュは内心ツッコミを入れる。
もちろんピスタチオだって、風の魔法使いである少女のほうが木の魔法使いである自分よりも木の精霊に好かれているという事実に少なからず思うところはあるのだけれど。
しかしそのおかげで助かっているのも事実なので、ピスタチオは「この姉弟は天然の“精霊タラシ”だから考えてもしょうがないんだっぴ」と自らを納得させている。

「ところでピスタチオ…特訓はもう終わり?」

分厚い指導書を閉じようとしながら声をかけてるくシトラスに、ピスタチオが慌てて飛び上がり待ったをかける。
そんなピスタチオにキルシュがキャンプでオレが鍛えてやるからと出発を催促していると、また別の者が出発を報せに禅部屋にやって来た。
一方は長い紫紺の髪、もう一方は額飾りをつけた金髪の2人の少女。
ブルーベリー・レイクサイドとレモン・エアサプライ――紫紺の豊かな髪の美少女がブルーベリー、しなやかな褐色の肌をしたニャムネルト族の少女がレモンである――病弱で落ち着いた雰囲気のブルーベリーと快活で姉御肌のレモンは静と動…真逆の性格だが、とても仲の良い親友同士だ。

「ホント、お前らグズだよなぁ…って?!なんだよその精霊の大群は?」

少年達に向けられたレモンの言葉は、しかし途中で驚きに変わる。ビックリしたのか猫耳がピンと立ち、長い尻尾が大きく一降りする。
彼女の視線を追えば、いつの間にやら双子の周囲を囲むのはスティックだけでなくエア、フリント、バズ…などといった精霊の数々が増えている。(しかもよく見れば、光の精霊や闇の精霊まで仲良く一緒に居るではないか!)

「うっわ!いつの間に?!」
「すごいわね。これみんなコールした…ってわけじゃないわよね…この付近の精霊が集まってきてるの?」
「なんていうか…ほんとあんた達って規格外よね」
「なんかへんな匂いでもだしてんじゃねーか?」
「いや〜精霊ホイホイだっぴね」

学友達がそれぞれ好き勝手な反応を見せる中、しかし気にもせずに双子は精霊達と戯れていた。


  *****


結局、その後やって来たキャンディの提案で、クラスメートに勝てるようになるまで帰ってこないという目標のもと、ピスタチオはキャンプに参加することに決まる。

「オイラ、絶対ゼッタイ強くなるっぴ!大好きなドーナツをいっぱいいっぱい持っていけばきっと大丈夫だっぴ!
 ガナッシュ…はムリでも、キルシュやハーブにも勝てるようにガンバるっぴよ!!」
「そう…頑張ってね?」

決意に燃えるピスタチオ。その隣で笑うシトラスだが、しかし何故かその笑顔が微妙に恐い。それに気がつきハッとしたピスタチオが何か言うよりはやく、

「でも…ハーブを倒すなら、その前に私がいるからね?」
にっっこり。

目映いばかりの笑顔だが、後ろにブラックホールを背負っている。
そうだった。この少女は極度のブラコンだったと迂濶な自分の言葉に冷や汗をかく。

「いやいや!?やっぱり目標は打倒キルシュだっぴね〜!!オ〜!ハハ、ハハハハハ…」

ピスタチオが乾いた笑いで目標を訂正すると、「まだこんなところに居ましたの!」ピンク色の影が駆け込んできて叫ぶ。
ぺシュ・ファーマー。生真面目で正義感の強い性格をした愛の大使の一族の少女で、彼女もクラスメートの1人だ。
少女はその小さな体をぴょんぴょんと跳ねさせながら、魔バスが来てる、早くバスに乗れと急かす。

「まったくみんな不真面目ですの!」

プリプリと怒りを顕わにして話すペシュは、ずいっと双子に詰め寄ると、

「私はここの人たちをバスに連れていきますから、ハーブちゃんとシトラスちゃんは他のみんなを呼んできてくださいの!」
 カフェオレちゃんの話では音楽室にいるそうですから!

そう言い残してピスタチオを引っ張っていってしまう。 半ば命令に近い形でお願いされてしまった双子は、その背中を見送って、それからしょうがないねと顔を見合わせ苦笑する。
言われた通り音楽室のある2階へと向かうことにした。
禅部屋がある1階から階段を上り、目的地までもう少し。というところでしかし、

「あ…」

ふと、何かに気づいたようにシトラスが立ち止まる。場所は音楽室の一つ手前、図書室。少女はその扉の前で足を止めてしまっていた。

「シーちゃん?どーしたの?」
「これ返さなくちゃ。」

思いがけない姉の行動にハーブ振り返って訊ねると、例の『木魔法〜基礎から応用までこれ一冊!〜』という本を指される。 ピスタチオの特訓用に図書室から借りた本だが、さすがにこれをキャンプに持っていくわけにはいかないので今のうちに返しておくべきだろう。

「あ〜、そっか…じゃあ、みんなのところには僕が行くから、シーちゃんはそれを返したら先にバスに行ってて?」
「え?でも…」

ハーブの提案に一度は渋ったシトラスだが、一瞬思案した後首肯する。

「…うん、わかったわ。音楽室はよろしく。
 …本を返したら、私は一応“あのこと”をグラン・ドラジェに話しに行ってくるね。」
「…シトラス?でもあれは…」
「えぇ…精霊達も特になにも言ってなかったし、思い過ごしかも知れないけど。…それでもやっぱり気に止めておくべきだとおもうから…」

真剣な様子にハーブも、少し不安げに眉を寄せて頷く。

「…そう、だね。うん。
 話して、それで、大丈夫って太鼓判押してもらってきて?」

そらから冗談めかして笑ってみせる弟に、こちらも「そうだね」と笑ってみせて2人は別れた。

精霊ホイホイW主とブラコンな双子姉が書けたので本望です(笑)
次回はハーブと音楽室!