壁に掛けたシンプルなありふれたタイプのカレンダー。それを――正確にはある一点を――まるで親の仇のように睨み付ける少年が一人。

(………今年も、いよいよきちまったか。)

カレンダーが示す月は、9月。そして少年が見つめる先にあるのは9という数字だ。 すなわち9月9日。
…それは少年にとっては最悪の日であった。

9月9日――それは、少年・獄寺隼人の生まれた日。一般的には『誕生日』と呼ばれ祝われる日であるのだろうが、当人にとっては昔から忌まわしき日だ、むしろ恐怖の一日と言っても過言ではない。

(くそっ、…今年こそ逃げ切ってやる!)

忌々し気に悪態を吐く。だがしかし、毎年のように同様の決意をしては達成できずに年を重ねているのだが。…それでも、足掻きたいのが人間というものである。



何故、彼がここまで己の誕生日を忌諱するのか。ことの発端にしてすべての元凶は、彼の姉にある。
少年の異母姉・ビアンキ――彼女は腹違いの弟を、しかし心底純粋な愛情で大切に想っている。この世で一番大切なものは愛である、というのが彼女の持論でもあり、弟への愛情も人一倍強い大層弟想いな姉だった。
故に彼女は毎年、弟の誕生日を祝おうとする――――それこそが毎年、弟を地獄に突き落としているとも気付かずに。

ビアンキの趣味は料理だ。初めて弟のためにお菓子を作ったのは誕生日ではなかったが、趣味に目覚めて以来、彼女は弟の誕生日には彼のために腕を奮ってきた。幼いころは小さなケーキ、年を重ね実力をつけるごとに作れる品も増えていき、いまでは最高の食材を集めて大量の食事と立派なホールケーキを用意する。
8才の頃、共に暮らしていた城を突然飛び出し家出してしまった隼人だったけれど、それでも弟の暮らし振りは聞き及んでいたし住んでいる場所も把握していたビアンキは、9月9日になると手料理を持参して弟のもとを訪ねた。
何を恥ずかしがっているのか、隼人は誕生日が近づくとあの手この手で逃げ回るのだが、ビアンキにしてみれば弟のそんな子どもっぽい面もかわいらしい戯れだった。
結局鬼ごっこ(隼人にしてみれば死に物狂いの逃走劇)は毎年ビアンキの勝利に終わるのだから。
そうして鬼ごっこで鬼に捕まった後は、楽しい誕生日会の始まりである。
しかし、ビアンキの料理を食べると毎年隼人は気絶する。 それを彼女は、私の愛情たっぷりの美味しい過ぎる料理に感動したのね隼人ったら体は弱いが感受性は強い子なんだから!と微笑んで、そして意識のない弟の口に残りの料理を詰め込んでいくのが恒例で。
だって、愛情を込めて作った料理達なのだから、残すなんで絶対にしてはいけない。ビアンキにしてみれば、すべて隼人のための品々なのだから隼人に食べきって貰いたい。
だから隼人に食べさせるのは当然だと思っているし、隼人が気絶した理由だって自らの考えを信じて疑わない。
――――実際には、隼人が倒れた原因が、彼女の料理に問題があるからだとしても。

隼人が毎年ビアンキから逃げ回るのは、そして彼女の料理を食べて気絶するのは――それが己にとっての最凶最悪の危険物だからである。
実は彼女の作る料理はすべてが毒となる。
ビアンキ――彼女はフリーの殺し屋にして『毒サソリ』の異名を持つ、ポイズンクッキングの使い手だ。 彼女の料理は殺傷性をもった商売道具。…だが、彼女は己の弟に作る料理達がポイズンクッキングになるとは考えない。
愛情の込められたそれらは大丈夫だと…彼女曰く「愛の力は毒にも勝る」、愛情が毒を相殺するのだとか。



――――んなわけあるかぁぁぁああっ!!

毎年(文字通り)生死をさ迷っている弟の心の叫びは、しかし姉には届かない。
そんなトラウマな記憶は無理矢理に封じ込めて、隼人は逃げる算段を立てていた。

「よし、まずはここを離れて――」
「あら、出かけるの?隼人」

だが、背後から聞こえきた声に、少年は石像と化す。
いつの間に入って来たのか(玄関には鍵がかかっていたはずなのに!そして何より不法侵入だ)この部屋唯一の出入り口には優雅に立つ美しい女性が1人。

「でも、ダメよ。――今日は、あなたのお祝いをするんだから。」

今年の新作は自信作なのよ。そう言って近づいてくる気配に、目の前が真っ黒になった気がした。


逃走失敗。
 (有性)食症


石化してしまった隼人は、現在、半ば引きずられるようにビアンキに移動させられている。
とりあえず会ってから一度として姉の顔を直視しないように気をつけているが(過去の数々のトラウマにより彼は姉の顔を見るだけで腹痛を起こしてしまう)しかし今回は、誕生日と姉という組み合わせだけで既に十分にトラウマを刺激されている。
考えないようにしても勝手に過去の誕生日のあれやこれやが走馬灯のように駆け巡っていくのだ。
例えば精一杯耐えて平らげた初めての誕生祝いのショートケーキの刺激的な味だとか(白いはずのクリームは何故か紫がかっていた)、あるいは一皿でギブアップして気絶したところに次々と口に放り込まれて夢の中ですら毒料理に追い回されたフルコースだとか、逃走中にトラップ(もちろんポイズン)に誘導された毒々しいポイズン色のお菓子の家だとか、エトセトラエトセトラ。
それだけで精神が根こそぎ削られていくような錯覚すら覚えるのだ。
そんなグロッキーな隼人の様子に気付いているのかいないのか、ビアンキはある場所まで来ると立ち止まり、今日の会場はここよと胸を張る。彼女の態度になんでそんなに無駄に偉そうなんだよと内心つっこみをいれるが、直接は口に出さない。というか、出せるだけの気力がなかった。
今度はどんな生き地獄を用意したのだと、自棄な気持ちで顔をあげる。
そして目に飛び込んできた予想外の光景に目を瞬かせた。
ごくたんです。珍しくネタが突然降って沸いたので(笑)
過去の誕生日を悲惨に捏造しちゃって可哀想な獄寺君。なので後編は救済編ですよ?(疑問系?!)