「ああっ!!」

押し寄せてくる熱と埃混じりの風に飛ばされないように片手で帽子を押さえながら、少年は目の前で飛び立っていく小型宇宙船をみる。

――――間に合わなかった…っ



  *****



時間は少し遡る。

放課後、いつものように隣のクラスへ向かおうとしたノワは、けれど教室を出る直前に担任教師に呼び止められてしまった。
教材運びを手伝ってくれないかと頼まれて、別に急ぎの用事もないし(隣のクラスに行くのは…まあ、手伝いを済ましてからでも大丈夫だろう。少しくらい友人達は待っていてくれる筈だ、たぶん。)なにかと気が合い世話になっている教師の頼みである。
元来人の好い性格をしている少年は嫌な顔ひとつせずに快く承諾した。
子供が運ぶには少々重量のある教材だったが、日頃から鍛えているノワにしてみればそれほど苦でもない。(ただし運び出す場所がウィル・オ・ウィスプの広い校舎の端から端までだったので多少時間は掛かった。)

「じゃ、オレはこれで失礼します」
「お〜ぅ!ありがとなっ!」

それほど疲れていないからと一度は断ったもののお礼だと言って渡された珍しい白茶色のカエルグミをポシェットに仕舞い挨拶を済ませると、ノワは今度こそ目的地へ向かった。


訪れた教室内を入口から覗けば、まだ何人かの生徒が残っている。けれど目当ての人物は見当たらない。

(うーん。いつもなら大抵オレが来るまでここでおしゃべりしてるんだけどなぁ)

はて、どうしたことだろう?と首を傾げていると、ノワに気付いた女子生徒が一人声を掛けてきた。
彼女によれば、現在この教室は補習に使われているのだという。残っているのは補習を受ける生徒のみらしい。
なるほど、いつもは溜まり場にしている教室も今日は出て行くように言われたのだろう。
納得したノワは、ならばどこに居るだろうかと彼らがよく居る場所をいくつか選別しはじめる。禅部屋、図書室、それとも…。(…まさか既に帰ってしまったのだろうか。可能性は低いと思うがもしもそうなら――迷子の捜索をする破目になる。)

「それでねノワ君。…あの、聞いてる?」
「あぁ、教えてくれてありがとう。助かったよ。さっそくみんなの居そうなところを捜してみるよ」

にっこり。さわやかな笑顔で補習頑張れな!といわれた彼女は一瞬ぽっと頬を染めるが、あわててふるふると首を横に振り「あのね!」、言葉をつなぐ。

「ミエル達、かくれんぼしてるみたいだったから…捜すの大変だとおもうわよ?」
「かくれんぼ?」
(…いくら彼らでも、この年になってかくれんぼはしないんじゃ)

そう思いつつ単語を反芻したノワに、

「ええ。なんだかジャスミンはどこだーとか、あと、ロケット?がどうのこうのって。…かくれんぼじゃなくて探検ごっこかしら?」
 特にポモドーロが騒いでて。彼っていつもああだけど。

まったく、もう少し静かにしてほしいわよね、こっちは勉強してるんだからうんたらかんたら…だいたいピスタチオ先生ったらうんぬんかんぬん…
気づけばだんだんと内容が文句や愚痴に移っている少女の話に適当に相槌を打ちながら、ノワは情報を整理する。
つまり、今日は教室が使えないからミエル達は別のところにいるはずで。それで今はかくれんぼか探検ごっこか知らないが、何故かジャスミンと、でもってロケットを捜している…? 

(……なんでロケット?)
というかそれは本当に遊んでるだけなのだろうか。さっぱり状況が理解出来ない。
(ん?…まてよ、ロケット、って、)

ロケットと聞いておのずと連想されるのは『宇宙』という単語。
そして、三ヶ月前に宇宙に行ったまま帰ってこない彼らの担任教師・マドレーヌ。

(まさか、あいつら…!)

そのとき。
突然、校舎全体を大きな振動が襲う。揺れに合わせて聞こえるゴゴゴゴ…、という地鳴りのような音。平穏を打ち破った突然の出来事に混乱しざわめく生徒達。そのうちの誰かが「地震か?!!」等と叫ぶのを聞きながら、イヤな予感がしたノワは、あわてて廊下に飛び出した。
――と、少年の視界の端に、急いで階段を駆け登っていくグラン・ドラジェ校長の姿が映る。一瞬後、ノワは迷うことなく校長の背を追った。
おそらく、いや、確実に校長の向かう先にはこの騒動の原因ないしは解決策があるだろう。かの老人は一流の魔法使いであり、この学校の総責任者なのだ。何かしら緊急時の対策は取るはずだ。
何よりあの様子からして校長が事態を把握している可能性は高い。

階段を登りきったところでノワは走る速度を上げて一気に距離を詰める。

「校長っ!」
「おぉっ…ごほっ、 ノワか!、っは」

廊下の奥の扉の前で追いつき声をかけると、息切れの混じった返事が返ってくる。
その様子を見たノワは(もういい歳なんだから無理しないほうが…)なんて失礼なことを考えつつ言葉を続ける。

「校長はさっきの揺れの原因に心当たりがおありなんですよね。……この先に?」

この先は確か一つ上の階に物置部屋があるだけのはずだ。足は止めることなく、確認近い質問をする。(この間もグラン・ドラジェは肩で息をして大分苦しそうな様子だ。)

「うむ…、おそらく、の」
「あの…、実はミエル達の姿が見えなくて…」
「…………」

外れてほしいと願いを込めつつ、言外にこの騒動の原因はあの子達かと問えば、返ってきたのは沈黙。この場合、無言は肯定だった。

――――やはり、少年の嫌な予感は的中していたようだ。

吐き出したくなる盛大な溜め息を喉の奥に押し戻し、ノワは強い意思をこめて「オレも行きます」と宣言する。
行ってこの先にいる年下の友人達を叱ってやらねば。

そこに、一際大きい揺れが襲った。その振動に事態は着々と悪い方向に転がっていると感じる。
なぜか開かない物置部屋の扉を実力行使で開け(つまりは扉を破壊して入口をつくった。隣で校長が何か言いたそうな顔をしていたが今は緊急事態なのだ、扉の一つや二つ壊れるくらい大目にみてもらおう。)、その奥にあった隠し部屋も更に奥へと進む。


そして進んだ先でノワが見たものは、逆行の中飛び立つロケットの姿だった――――。





鳴り響く幕のベル
(役者は舞台へと飛び出し、けれどぼくはまだここに)
置いてけぼりの男主。(笑)
実はちょっと雰囲気変わるため分けた続きがあります。短いです。 →Next