キャバッローネの十代目・跳ね馬ディーノはリングの炎について話をするために雲雀のもとを訪れていた。
しかし弟子の少年は、まともに取り合わないどころか訪ねた直後には仮にも師匠に向かって得物を構え、追い払おうとする。
それをなんとか宥め、家業で鍛えた話術と人心術を駆使してなんとか話を聞かせようと試みる。
「いいか、恭弥…リングに炎を灯すためにはな、“覚悟”ってのが必要になるんだ――って聞いてるか、恭弥?!」
「聞いてないよ。」
「って、聞いてないとかかえすなよな;
――ったく、頼むから聞けって!お前がボンゴレリングの守護者なら、いつか絶対必要になるんだぞ!」
「知らないよ、そんなこと。興味ないし。そもそも貴方の話自体、聞く必要ないから。
目障りだし早く出てってくれない?」
「〜〜っ!相変わらずお前ってやつは…!」
雲雀の態度に歯噛みするものの、ディーノは、はぁ、と叫び出したい衝動をため息とともに吐き出す。
リングの炎――これはつい先日の『ボンゴレリング争奪戦』がきっかけとなって注目されるようになったまだ新しい力だが…実際には、古くからマフィアの世界で闇から闇へと伝えられてきた類いの伝承でもあった。ただし、それはまるで夢物語のような内容だったため誰もがくだらない噂話としか認識してこなかったのだが。
しかし、それが現在、少しずつ光のもとに出ようとしている。
現時点で判っていその能力は不明瞭な部分も多く不安定なものだが、秘められた可能性は莫大だ。故に、今はまだほんの一握りの者達しかこの事実を知らずとも、今後その力を欲するのもたちが数多く現れるに違いない。…そう、力ずくでも。
――――だからこそ、現在そして将来的にもリングを所有し続けるであろう日本の守護者の少年達には、なるべく最新かつ正確な知識と技術を与え、いざというときの備えになればよいと、青年ははるばる日本へとやってきたのだ。
(――だってぇのに、リボーンもツナ達も行方不明ってんだもんなぁ…)
はじめこそ、もうどこかの勢力が動き出したのかと思ったがそんな怪しい動きをしているところは今のところどこもおらず、彼らの行方を九代目達とともに密かに探している最中だった。
そしてそんな中、ディーノは九代目の采配で綱吉達の探索ではなく、雲雀へリングの炎の教育係として並盛に留まっている。
(…この状況下であの人がそうしろって言うってことは、コイツがリングの炎の力を必要とする時は、案外すぐに来るってことなのか…?)
神の采配とまで讃えられる老人の下した判断だ、ディーノのような若輩者には理解できない何かがあるのだろうと、あらためて弟子の少年に向き直る。
少年の自分に対する態度は気に入らないが、しかし、返事を返してくれるということはまだ雲雀の許容範囲内なのだろう。一応聞いているようなので話を続けることにする。
「いいか、恭弥。――もう一度確認しとくが、リングの炎を強くするのは使用者の“覚悟”ってやつだ。
具体的に“覚悟”がどんなものかってのを説明するのは難しいが…そうだな、お前が一番譲れねぇって思うものを力に変えるイメージ…とかそんなかんじか?」
「……」
「まぁ、何事も実践が一番だし、やってみっか!――まず、リングはちゃんと指にはめておけよ〜!」
「…………」
「…あの、ちっとはリアクションを返してくれねぇと、オレ寂しいんだけど…恭弥…」
「………………」
「いやいやいやっ!だからってなんで武器を構えるんだよ!?」
「………貴方とは、会話するのもイヤだ。」
(ひ、ひでーーーっ!!)
そんなやりとりの末、戦闘になり、ディーノの注文を雲雀にきいてもらうには一々勝ちを掴みとる苦労を強いられることとなるのだった。
*****
「…ゼィ…はぁっ、――――で、わかってくれたか?…恭、弥、」
肩で息をし、あちこち傷だらけになったディーノが訊ねると、同じくらいには傷を負った雲雀が、でかでかと不機嫌と書かれた顔で睨んでくる。
しかし、その指にはきちんと雲のリングがはめられている。
少年は無言で、すっとその手を胸の前に掲げる。次の瞬間にはリングから、ボボッ、紫色の炎があがっていた。
(ははっ…こうも簡単にリングの炎を引き出せるようになるなんて、…我が弟子ながらスゲェやつだよホント。)
ディーノが感心する一方で雲雀は、
(ふぅん…思うだけで簡単に火がつくなんて、おかしな指輪だね)
無感動に手元の炎を眺めて、
(でも、ちょっとは面白いかな――、)
そんな感想を懐いていた。
「よ〜し!恭弥、今の感覚を忘れるなよ。お前のその感情が、リングの炎を強くする“覚悟”ってやつだ!」
「…ふぅん」
「いや〜よかった!」
戦闘の疲労と目的を成し遂げた達成感で満たされていたディーノは知らなかった。この時、己と弟子の少年の間で認識の齟齬があることを…
(炎を強くするのはこの感覚――気に入らないやつを咬み殺したいきもち――“ムカツキ”ってやつなんだね。)
知らぬまま、リングはいつでも指につけとけよ〜と言ってディーノは去っていった。雲雀という肩の荷が降りた青年は、これで自分も弟分の探索に加われると上機嫌。
雲雀もまた、気に食わない相手が並盛から出ていって、明日からは快適に昼寝ができると欠伸を一つ。
それから数日後。雲雀恭弥もまた、並盛町から姿を消すことななるのだが――それはまだ、誰も知らないことであった。
歯車はいつ狂ったか
(――――意思の疎通は完璧ですか?)