………おまえを待っていた
長い長いボンゴレの歴史に…おまえのような者が現れてくれるのを
――――ずっと、待ち望んでいた
約束の場所で
誰かに呼ばれた気がして綱吉はそっと瞼を持ち上げる。
「あ、れ……?」
半分微睡んだ意識でぼんやりと周囲を見渡せば、ひたすらに闇色…色彩も音も何も無い空間が広がっている。
――――ここは…、
「此処は【約束の場所】」
唐突に響いた声に綱吉はビクリと肩を揺らし、一気に意識が覚醒する。
いつの間にか綱吉の背後に人影が一つ――確かについ先程までは綱吉一人きりだった筈なのに…
振り向くとそこには、この場に溶け込んでしまいそうな漆黒のマントを羽織ったスーツ姿の男が佇んでいた。
闇色のなかで暖かい色彩を放つふわりと重力に逆らう髪が目を引く。幼げな容貌の、しかし長い前髪の間から垣間見える瞳は深い叡智を湛えており、実際の年齢は見かけよりも上であるのだろうと容易に察せられた。
その両の拳には綱吉の持っているものとよく似たグローブ――ただしそのエンブレムは綱吉が]であるのに対し――T。
「あ、あなたは――」
綱吉はこの人物の正体を知っている。続く声は混乱のあまり掠れていた。
「初代…」
そう、彼はマフィアボンゴレの創設者…ボンゴレ一世そのひとだった。
対面するのはこれで二度目のことだが、一体何がどうなってこのような状況になっているのかが解らない。前回は雲雀との修行…死に追い込まれた極限状態の中――ボンゴレの試練――での出来事だった。
(えーと、あの雲の球体を出たあとずっとヒバリさんと戦って…あれも死ぬかと思ったよなぁ…はっ!まさかそれでここに来ちゃったとかー?!)
一瞬死後の世界かと考えるが、いやでもヒバリさんがいきなり「眠いからおしまい」とか言ってその日の修行は終わりになったんだよなベッドに横になったところまでは覚えてるよオレ。と綱吉は懸命に記憶を掘り起こす。
あーでもないこーでもないと悩んでいる綱吉に、静かな声が降ってくる。
「落ち着けボンゴレデーチモ。おまえの本体は何事もなく眠っている」
「え…?…眠ってる?……じゃあこれは夢ってこと…?」
その言葉に幾分か落ち着いて尋ねると、初代は「そうとも言えるし違うとも言える。」と返す。
よくわからず首を傾げる綱吉に初代は淡々と説明し始める。
「今、おまえの意識は身体を離れ大空のリングの中にある。」
ボンゴレの継承によっておまえとリングの間で契約が成立し、精神の繋がりが結ばれた。――それを通じて私がここにおまえを呼んだのだ。
「…あの、えーと。…………よくわからない、です。」
しばらくして綱吉はおずおずと謝った。
意識が身体を離れるなどという、非常識かつオカルト的な話にはかなしいかなすでに免疫ができてしまったためそれほど驚かないが、あまり出来が良いとは言い難い綱吉の頭では初代の話を理解するには至らなかったようだ。
「理解できずともよい。」
「はぁ、スイマセン…」
なんとなく腰が低くなってしまう綱吉だった。
一見綱吉とそう歳の離れていないように見えるのに、滲み出る王者の雰囲気は流石に大マフィアを興した人物といえよう。
その上、初代の話から綱吉にも、初代が自分を呼んだらしいということくらいは分かっていたので、その理由に思い当たって一層身を固くする。
(きっと、ボンゴレぶっ壊すとか言ったから怒ったんだ〜っ)
気分は正に職員室に呼び出されて今にも説教をされる時のかんじだ。
そんな綱吉の態度に怪訝そうに眉をひそめた初代は「何故そんなに身を縮こませているんだ」と言いながら、ぽふんと綱吉の頭に手を乗せてそのままくしゃくしゃとかき混ぜ撫でる。
――――ふえっ?!
初代の予想外の行動に綱吉は再び混乱の渦に落とされる。
え、なに。なにこれ。…あー、うん知ってる。知ってるよ?小さい頃にはよく父さんや母さんにしてもらったし、…いまでもディーノさんなんかは時々してくる。小さい子供を褒めたりあるいは慰めたりするときによくやるアレだ。そーいやオレもよくイーピンとかランボに(ランボは慰めるための方が断然多いけれど)してあげてる。……所謂『いいこいいこ』というやつではないか。
問題は。
なんでそれを、いま、オレが、初代にされてるわけ〜〜??!
「ああああ、あの!」
「なんだ?」
「(いやいや!?『なんだ?』じゃなくて〜!!)…お、怒ってないんですか…?」
「…怒るとは何に対してだ?」
ぽふぽふぽふ(この会話の間もまだ初代は綱吉の頭を撫で続けている。)
「だって…オレ、『ボンゴレを壊す』って言った、からっ…」
ぎゅっと目を瞑り、最後は尻窄みになってしまう。
あの時は勢い任せに叫んでしまったが、なんて大それたことを言ったんだろうと今頃震える。
「何故怒らなくてはいけない」
「へっ?!」
「継承の試練でも言ったと思うが、今後ボンゴレを栄えさせようと滅ぼそうとおまえの望むようにして構わないのだ。」
おまえにはそれを決めるだけの資格がある。
はっきりと、それも厳格なマフィアのボスの顔で言われて綱吉は戸惑う。けれども、ゆるゆると首を左右に振る。
資格なんてあるとは思えない。
「あれはおまえの本心からの言葉――覚悟。
何を恥じることがある。」
「だって、あれはオレの身勝手な気持ちで、ただオレが、誰かが傷付けられるのも誰かを傷付けるのも嫌なだけだから。」
「…そう、おまえの望みは守るための力。
だから血と怨嗟にまみれたボンゴレの業を引き継いでいくことをおまえは間違いだと拒否した。
――それこそ我らが認めしおまえの覚悟。」
ふっと彼の纏う空気が穏やかになる。
「私はずっと待っていたんだよ…おまえのような心を持った者を」
――――すべてを知り、受け入れてなお、さらに先へ踏み出せる心を持った者を。
強大な力には誰しもが惹かれる。
ボンゴレの業を引き継ぐには覚悟が要るが、業を知った上で力を棄ててでも自らの意志を貫くことはそれ以上の覚悟を要するものだ。
ボンゴレファミリーは業を受け入れ背負って大きくなってきた。
その業を否定することは、過去にその業の礎となった者たちを否定することにさえなりかねない。
だからこれまで歴代ボスは、ボンゴレの歴史を、ボンゴレの業を受け止めることはできても、それを打ち崩し新たな道を選ぶことはできなかった。
……そんななか、おまえは見事我らの前でその意志を示してみせた。
おまえが思っている以上におまえは自身を誇って良いんだ。
「――――ありがとう」
万感の思いを込めた一言を告げる。
実際に言葉として発されたのはそれだけだったけれども、綱吉には彼の深い想いが染み入るように伝わってきた。
「この言葉を伝えたくて、呼んだんだ。」
さぁ疲れているだろう。ゆっくりおやすみ。
優しい声に誘われるままに、綱吉は眠りに落ちた。
そのあどけない寝顔を覗きこみ、頬をそっと一撫でして青年は慈悲の微笑みを浮かべる。
こんなに年若い、否、幼い子供があれ程の試練を乗り越えたのだ。
しかしこれから先、この少年が越えて行かねばならない数多くの困難を思えば、更に強くならねばならない。
そしてその度にこの優しい子の心が苦しむことは避けられないだろう――力を得るためには代価が必要なのだから。
この身が単なるリングに遺された意思の欠片にすぎないことがほんの少し残念に思う。
この子供と同じ時代、同じ時の中で支えることができたなら…。
しかしそれは無理というもの。だからせめて、
「おまえの心がおまえである限り、見守り続けよう――我らが愛し子よ」