2月14日、夕刻、並盛町。沢田家の門前。

「ツナくん、また明日ね」
「うん。ま、また明日!」

にっこり。憧れの少女のいつまで経っても慣れることない天使の笑顔に胸を高鳴らせながら、綱吉はどもりつつも笑顔で返事を返した。
道の角を曲がり少女の姿が見えなくなるまで手を降り続ける少年のもう片方の手には、可愛らしピンク色の包みが収まっている。
その小さな包みは現在、綱吉にとっては最高の宝物である。

(あ〜、今年もなんだかんだで大変だったけど。でもやっぱり幸せだぁ〜)

自然と顔の筋肉が緩んでしまう。

(何てったって、京子ちゃんからの手作りバレンタインチョコだもんなぁ〜)

嬉しいものは嬉しい――たとえ義理チョコだとしても。
ほころぶ口元を隠しきれない



本日、沢田家では去年同様、女子一同によるチョコ作りが行われたていた。
例のごとく、綱吉はビアンキ対策に駆けずり回り、しかし努力虚しく出来上がってしまったビアンキ作のチョコレートは問答無用とばかりに家庭教師に撃ち込まれ、死ぬ気になったツナの鉄の胃袋アイアンストマックが処理させられた。
幸いなことに去年と異なり今年は個別に作ったようで、無事ポイズン抜きのチョコレートを貰うことができたのだ。
もちろん京子がチョコを渡したのは綱吉だけではない。リボーンやランボ、フゥ太…包装していた様子では兄の了平や他の人に配る分もあったことをちゃんと綱吉だって分かっている。
それでも、たとえ義理チョコのひとつでしかなくても綱吉は幸せだった。

(えへへ…大切に食べよ「いつまでもそんなとこで鼻の下伸ばしてんじゃねーゾ!」
 ドシュっ 
「あでっ!!」

突如、幼児特有の高い声が綱吉の思考を遮り、足下に衝撃が走る。
馴染み深い憎らしい口調と痛みに視線を下げれば、そこには予想通りの黒衣の赤ん坊の姿があった。先程の衝撃は彼が蹴りつけたか何かに違いない。
理不尽な暴力に文句のひとつでも言おうと口を開いた綱吉だったが、

「、何すんだ…っくしゅ」
「ハン!寒空の下で薄着で突っ立ってりゃとーぜんだゾ。」
 テメェが間抜けヅラを晒してんのは構わねーが、風邪引いたらママンが心配するだろ。

すべてを言い切る前にくしゃみをする綱吉に、リボーンは言葉と共に上着を投げて寄越す。
「とっとと中に入れ。」と背を向け先を行く小さな背中を追いながら、「ありがとう」と告げる。相変わらずの憎まれ口だが、心配してくれたのだとわかっていたから。



家に戻った綱吉が何か暖かいものを…とリビングへやってくると奈々がホットチョコレートを差し出した。

「はい!ツっ君。今年の母さんからのバレンタインチョコよ〜」
「あ、母さん。ありがとう」
「うふふ。どういたしまして。」
 実は残り物のチョコで作ったからちょっとわるいかなぁと思ったんだけどね。

奈々はそう言うが、ちょうど暖かいものを欲していた綱吉の身体にはありがたい。本当は奈々も先程まで外にいた息子のためにと、ホットチョコレートを選んだのだろう。
そんな母の心遣いに綱吉は照れくさそうにもう一度小さく、ありがとう、と呟いた。

マグカップを両手で挟むように持ちなおしてゆっくり口付ける。陶器越しの熱が冷えていた指先に丁度良い。時折ふぅふぅと息で熱を冷ましながらゆっくり味わう。
そんな綱吉をニコニコと眺めながら、奈々が言った。

「それにしてもツっ君、モテモテね〜!」
「ぅぶっっ!!…はぁっ??なに言ってんの母さん!」
「あらぁ、だって。あんなに可愛い子達から手作りチョコレート貰えちゃってるじゃないの〜!」
「どれも義理だって!
 うちで作ったから、チビ達にあげるついでにくれたんだよ。」
 黒川なんておもいっきりムチャな見返り要求してきたし。

綱吉にチョコを手渡す際に『ホワイトデーのお返しは例の牛柄の人とのデートでヨロシク。』などと言われたことを思い返しながら弁明する。
今年の綱吉が貰ったチョコレートは京子の他に、京子と一緒に沢田家でチョコ作りをしたハル、イーピン、黒川それからクロームから貰ったチョコの4つ。

(そう。今年はクロームもくれたんだよなあ。)

リボーン曰く『毒チョコ製作防止作戦』とやらで綱吉は調理場に潜入させられたので、今日一緒にチョコ作りを頑張っていた少女達が少しずつ仲を深めていた様子を見ていた。
京子達といっしょに笑っていたその光景に、綱吉は少し安心したのだ。
特殊な事情を抱えているとはいえ、もとは一般人だったらしいクローム。そんな彼女に対して同じく一般人からマフィアの世界に巻き込まれることとなった綱吉は、出来る限りでよいから彼女にも同じ年頃の普通の女の子達のように過ごして欲しいと、そう思っていたから。(前にそれをリボーンに話したら、鼻で笑われたが。)

…もっと、ファミリーとか守護者とか関係なく、みんなで仲良くしたいと思うのは自分の我が儘なのだろうか。

(うぅーーん。)

自問しながらなんともなしに、お礼だと言って差し出されたクロームのチョコの包みを見つめて、自分が受け取った以外に、あと3つの包みを大事そうに抱えて帰ったクロームの姿を思い出す。
きっとあれは城島犬と柿本千種の、――そして六道骸の分なのだろう。

必要以上には向こうから接触をしてこない霧の守護者達がどこでどのような生活を送っているのか綱吉は知らないが、仲良くやってればいいなぁと考える。
一生懸命に作っていたのを知っているから、彼女からの贈り物を彼らが喜んでくれていればいいな、と。



「テメーは他人のことより、まずは自分の心配をするんだな。」

「―――はっ?」
「マフィアは女を大切にするモンなんだゾ。いつも言ってんだろーが!」
 オレの生徒ならしっかり甲斐性みせてみろ!

いつの間にか綱吉目の前にちょこんと立っていたリボーンが、無表情のまま、しかし確かに愉しげにニヤリと口の端を持ち上げる。

――――来月の14日、ハンパなことしやがったらどーなるか…楽しみだな?

綱吉がそういうことに不得手なことを承知の上での家庭教師の言葉にガックリと項垂れる。
……とりあえず、来月に彼女たちへのお返しを忘れないようにカレンダーの3月14日に大きく赤い丸をつけておいた。

はたして一ヶ月、綱吉がどんなお返しをしてリボーンがどんな判定を下すのかは、まだ誰の知るところでもない。
ホワイトデーに続…きません!!(笑)
女の子が冒頭にしか出てきてないけど、バレンタイン小説と言い張る。←