「誕生日、おめでと〜ございま〜す!!」
リビングに明るい声が響く。目の前にはホールケーキ。まっしろのクリームの上に丁寧に並べられたまっかな苺が色鮮やかだ。その中央には「Happy birthday!」と書かれたチョコレートのプレートが置かれている。
ケーキの前の席――テーブルの奥、所謂“お誕生日席”と称されるアレだ――に座った綱吉と、その膝の上で少年を椅子代わりにして胡座をかいているリボーンに仲間達から次々と祝いの言葉が投げかけられる。
10月13日。
沢田家にて、いつものメンバーが集まって誕生日パーティーが行われていた。
13日はリボーン、翌日の14日は綱吉、一日違いの誕生日。
それを綱吉が知ったのは、リボーンが沢田の家に来た最初の年の誕生日で、その年も2人の誕生日は13日に一緒に祝った。
あの時は、些細な勘違いからまるで自分の誕生日祝いを催促するかのような恥ずかしい思いをしてしまったりもした綱吉だったけれど、いまとなってはリボーンと共に一日早い祝福を受けとることはあまり気にならない。むしろ少年にとってはそれがごく当然のことに思うくらいだ。
だいたい、祝い事だからとわざわざパーティー用の食事やらなにやらを用意してくれる母の手間を考えればそれを二日連続でさせるなんて面倒をかけるのもどうかと思うし、ケーキだっていくら男子にしては比較的甘いものを好む綱吉でも流石に二日続けて食べたいとは思わない。
なので綱吉本人も、どちらかの日にまとめて祝ってしまう方が効率がいいよなぁ。などと思っている。
それに、こうして家族や友人知人と顔を揃えて笑いあえるだけで、十分しあわせなことじゃないか。
…そんなことを半ば以上本気で考えて、内心ひとりで頷く。普通の中学生なら当たり前に感じるようなことでも、綱吉にとっては真剣に喜ぶべき、愛しき平穏だった。
そう…望まざるともここ数年をとても一般とは駆け離れた日々の中で過ごしている――特にここ一年ばかりは何かと物騒な出来事に身を投じ続けてきた――少年はそれでも、否、だからこそ、素朴で平凡な日常を愛し、平穏な一時を『幸福』としみじみ噛み締める。
若干14歳にして既におよそ平凡とは駆け離れた人生に片足以上踏み出しかけてしまっている身であるが―― 平凡が一番。それだけは譲れないボンゴレ十代目だった。
誕生日パーティー開始から沢田家には訪問者が途切れる気配をみせない。
そこかしこに人脈を持つ黒衣のヒットマンを通じて綱吉もまたこの数年のうちに様々な人々と知り合ってきたが、現在そんなリボーン経由の知人達が誕生祝いを述べようとわざわざ沢田家を訪れていた。
しかし、ごくごく普通の民家である沢田家はもちろんサイズも一般的な小市民のそれであるので訪れる人全てが収まりきるはずもなく、故に彼らは入れ代わり立ち代わり顔を見せて挨拶をしては去っていく。
訪ねてくる者のなかには綱吉にとっては久しい顔ぶれもあったりするので綱吉としてはゆっくり話をしたい気持ちもあるのだけれど、彼らは何故か皆例外なく一騒動起こすので、その意味でもゆっくりと留まっていることが難しかった。
特に、ひとまとまりのグループでやって来る者達――跳ね馬ディーノとその部下キャバッローネファミリー達、同級生ことご近所マフィア・トマゾファミリーのボス候補と愉快な仲間たち、隣町の霧の守護者ご一行…等々――はその傾向が強く、ましてやそこに右腕候補の少年が得意の武器を取り出してしまったりすると相乗作用で沢田家は蜂の巣をつついたように騒がしくなってしまう。
気付けばあっという間に夕刻も過ぎて、パーティーの幕を下ろす頃には騒ぎの仲介に奔走した(主役の一人であるはずなのに)綱吉はへとへとになっていた。
(誕生日祝いっていうかなんていうか…やってることは普段と変わんないよなー)
ははは、と疲れた笑いで考える。
それでもこうして騒げるのも平和の証なのかも知れない、なんて仕方のないように苦笑して納得してしまうあたり、すでに無意識に騒動が己の日常の一部になってしまっていると証明しているようなものなのだが、そのことに本人は気付いていない。
帰路につく者達を門の前で見送った後、パーティーの片付けをする母親を手伝い、子供達を寝かしつけて綱吉自身も早々に眠りについた。
普段以上に疲れたのか布団に潜れば簡単に意識が沈む。
そして夢を見た。終わってしまったパーティーの続きのような、楽しい夢を。
*****
――――…だ、…てる…な…
自分の部屋だ。
そこで声が聞こえる。
見知った声、帰ったはずの友人達の声だ。
――――ちょっと、何ですか獄寺さん!
――――うるせぇ、アホ女っ
(…ハル、…それに獄寺くん…)
綱吉は微睡みの中で考える。
――――オメーは引っ込んでろ!十代目にはこのオレが一番に言うんだよ!
(…あぁまたそんなキツい言い方して、ハルが怒るよ獄寺くん。)
――――いーえっ!それこそこっちのセリフですよっ
(…ほら。)
――――ハルがトップでツナさんに言うんです〜っ!獄寺さんこそ引っ込んでてください!
――――んだと、コラァ!!
(…も〜、なんで2人はこうも張り合うのかな?もっと仲良くしてよ。)
人の夢の中でまで喧嘩している2人に呆れてしまう。
(…でもこーゆーときには…)
――――まぁまぁ、獄寺。あんまデカイ声出すなって…
(そうそう…山本が獄寺くんを宥めてくれて…)
――――そうですよ、いま何時だと思ってるんですか。…非常識です、獄寺さん
――――っ!…テメェ、このアホ女!調子こいてんじゃねぇぞ!
――――アホ女アホ女…ってハルはアホじゃあありませんっ
(…あ〜、もう、せっかく山本のおかげで収まりそうだったのに…何蒸し返してんのさハル)
――――あははははっ
(…山本。山本も笑ってないで、もうちょっとなんとかして…)
…こんなとき、結局いつも自分が2人を宥めるんだよなぁ。
そう思って綱吉はみんなの方へ手を伸ばした。
*****
「――け、んか…しないでよ、…ハル…獄寺、くん…」
夢の中で発した科白は、現実でも綱吉の口から零れた。
夢から醒めればきっと伸ばした自分の手は空を切る、友人達の幻は消えて部屋には自分ひとりぼっちだろう。
どこかで冷静な自分がそう言ったけれど、もう伸ばした腕も、浮上した意識も自分の意志では止められない。
そして綱吉は目を開けて――――
「十代目!」
「ツナさん!」
「ツナ!」
――…え?
キョトン。聞こえた自分を呼ぶ声に、目を瞬かせた。
目の前にはこちらを見つめる友人達の姿。起きたつもりだったのだけれどもしかしてまだ夢の続きを見ているのかと自分の頬をつねってみる、…痛い。
「わり!起こしちまったかツナ。やっぱうるさかったのな」
いち早く綱吉の傍まで来た山本が綱吉の顔をを覗きこんで笑う。
どうやら夢だと思っていた先程の光景は、夢ではなく現実だったらしい。
しかし未だに状況がよく呑み込めない綱吉は頭の中を疑問符だらけにしながら口を開いた。
「な、なんでみんながいるの?」
彼らは確かに帰ったはずだ、綱吉自身が門の前で見送ったのだから。それなのに何故、今彼らが自分の部屋に居るのだろう。
目に見えて混乱している綱吉の様子に彼らは小さく苦笑する。
「こんな時間にすみません、十代目。でも…」
申し訳なさそうに眉尻を下げて謝る獄寺の言葉に(こんな時間…って、そーいや今って何時?)と半身を起こして時計を見れば、短針長針ともにもう少しで頂点を指そうとしているところだった。
(えぇっ?!!)
ホントになんて時間だよ!!と、まさかの深夜訪問にまたもや驚くこととなる。
綱吉が驚いている間にも変わることなく秒針は、一秒、また一秒と進んでいく。
秒針が12を差した、そのとき、
「十代目っ!」
獄寺が身を乗り出し名を呼んだ。後ろでハルが「あっ!獄寺さんズルイですー!!」と文句を言っているが獄寺はそれを無視して続ける。
「十代目…おたんめぎゃっ!!」どしゅたっ!
否、続けようしたところで頭上に黒い影――リボーンが降ってくる。
「Buon compleanno だぞ!ツナ!」
黒衣の赤ん坊はその無表情をニヤリと不敵な笑みに歪めて言った。
その足下では、ベッドの縁にしこたま顔を打ち付け、尚且つ舌を噛んでしまったらしい獄寺が悶絶しているのだが、その原因であるリボーンはそんな足下の事情など意に介さない様子で仁王立ちしている。
「は?! へ?! えぇ?!」
(え?リボーン!?ていうか獄寺くんは大丈夫なの?!えっ?ぼのこんぷ…?て何??)
自分でも何に驚いているのか多すぎて分からないまま驚く綱吉に、獄寺の頭上から綱吉の腹の上にひょいと移動したリボーンがずいっと真正面から顔を寄せてくる。その相変わらず大きな黒目に自分の顔が映りこんでいる。
「Buon compleannoてのはイタリア語で“誕生日おめでとう”って意味だぞ、いーかげん少しはイタリア語を覚えやがれダメツナ」
「――って、人の思考を読むなよな!」
反射で突っ込みを入れる綱吉だったがリボーンには痛くも痒くもない。ネッチョリ伊語特訓でもすっか、ネッチョリやだー!!と普段通りのやりとりが続く。
そんな2人の会話に山本が笑って加わる。
「ははっ結局一番は小僧にとられちまったのなー。ツナ誕生日おめでとな!」
「はひ!ハッピーバースデーです、ツナさん!」
ほんとはハルが一番に言いたかったんですけど〜獄寺さんより先に言えたからガマンしますぅ。
若干悔しそうに唇をつきだしながら可愛らしく続けるハル。
「え?あ、ありがとう…?」
次々に与えられる誕生祝いの言葉に、告げられた綱吉と言えばわけがわからないままそれでも感謝を返す。
誕生日祝いなら今日――いやもう先程日付が変わったから昨日なのか――既にリボーンと共にしてもらったのに、何故いままた祝われているのだろう?
綱吉のその疑問には別のところから答えが返ってきた。
「だって、ツナ君の誕生日は14日だから」
「京子ちゃん!!?」
いつの間にか入口に笹川京子が立っている。
「うふふ。ツナ君、誕生日おめでとう!」
びっくりさせちゃってゴメンね?少女は室内に足を進めながらにこりと微笑む。
「どうしてもツナ君の誕生日にちゃんとおめでとうって言いたかったんだ」
「いつも小僧と一緒に13日に祝ってばかりじゃ寂しいだろ?」
「それにせっかくならビックリしてほしいと思いまして!」
「ママン達も許可くれたからな」
京子、山本、ハル、リボーンと順々に語る。
驚かしたいのと一番に祝いたいということから、日付が変わると同時のサプライズを企画したのだと説明する面々に綱吉はなんと返せばいいのかわかならい。
そこでやっと復活したらしい獄寺もがばりと勢いよく顔を上げて叫んだ。
「ひどいっすよ!リボーンさん!オレが言おうとしてたのに…しかも山本達まで先越しやがって!」
ぶちぶちと文句を言って、それから一変してあらためてツナに向き合うと獄寺は涙で声を震わせながら、
「十代目ぇぇ〜、オレも、貴方の右腕獄寺隼人も居ますからね!生まれてきてくださって本当にありがとうございますぅ!!」
貴方が生まれてきてくれて、貴方に出逢えて、貴方と共にいられて――その全てが嬉しいとはっきりと口にされる言葉達に、言われた当人は堪らなくなって顔を真っ赤に染める。
「ぅえと、あ〜、その…みんな、ありがとう…」
(ご、獄寺くんはオーバー過ぎる気がするけど…)
火照った頬をそのままに、どもりつつもなんとか感謝を返した綱吉は、胸が一杯な気持ちだった。
出来の良くない自分の頭では語彙が少なすぎてきっとこの気持ちを彼らに伝えきることなんて出来そうにない。
それでもなんとか伝えたくて、精一杯のありがとうを口にする。
誕生日パーティーが前日だとかリボーンといっしょくただとかそんなことは全然いやじゃなかった。
誕生日を祝うためだからと真夜中に押し掛けるなんてちょっと普通じゃないとか、朝になってから言ってくれるだけで十分なのにとか思う自分だっている。
けれどそれでも、こんな風に自分のために真夜中に騒いでしまうような突拍子もなくてとても平凡とは言い切れない彼らが綱吉は好きで、自分に向けられている彼らの想いがくすぐったいけれどとても嬉しくて。
――――堪らないと…そう、思うのだ。
気持ちのままに浮かべた、少年の表情が――溢れるようなその笑顔こそが――言葉よりも尚、その心をみんなに伝えていた。
とっておきの魔法のことば
(おめでとう、ありがとう。込めた想いはどちらも同じ)
(いま共に在れることへの感謝と歓喜)
20000hit御礼として9/29〜10/31の間フリー配布していた綱吉誕生日祝いでした。
貰ってくださいました方、ありがとうございます!
(update:2008.11.03再録)
Produced by 空空空,紫雲-murakumo-. No reproduction or republication without written permission.